絵が上手とは?

絵が上手とは?

よく「絵が上手」という表現をします。

でも、絵が上手とはどういうことなんだろうと思うことがよくあります。

私は、小さいときは、絵を描くのが好きで、幼稚園から帰ってくると、いつも広告用紙の裏側にクレヨンで絵を描いていたことを覚えています。

でも、小学校に入って美術として、絵を描くようになるころか、人目を気にするようになる小学校3,4年生のころからか絵を自発的に描くことがなくなっていきました。

きっと、「絵を上手く描かないといけない」という呪縛にかかっていたのではないかと思います。

人と比べたり、人が褒めてくれたり、良い成績を取るための「上手な絵」を意識するようになったからかもしれません。自然に、自分から「描きたい」という内的な気持ちが薄れていき、全く絵を描くことはありませんでした。

同居していた祖父が、昔、古美術商をしていたこともあり、家の中に日本画が何点か飾られていて、美しいものに対する憧れみたいなものは心の中に育っていたように思います。大人になってからは、よく美術館めぐりをするのが好きでした。

RAYが生まれ、RAYの描く絵を見たときに、親バカですが、何とも言えない畏敬の念を覚えたのを思い出します。

RAYの障がいの特性もあるかもしれませんが、人目を気にせず、自分の心の思うままに、上手下手など全く気にせず、絵として表現できること、そして、何よりも描きたい衝動が感じられました。

青い楽譜2007(よく見ると楽譜が青く塗られた部分に描かれている)

特に、小学校低学年までは、のめり込むように、色鉛筆で一生懸命、集中して絵を描いていました。

もちろん、RAYは、いつも絵を描ける訳ではなく、精神状態が良い時だけしか描けず、ストレスを感じたり、イベントで疲れているときや不調な時期は何年も描けなくなってしまいます。

RAYが中学生くらいになったころから、RAYの絵が、周りの人に注目されることが増えてきました。

そんなこともあり、周りの障がいのある人達の絵を見る機会も増えて、障がいのある人が描く絵を、「アールブリュット」(生の芸術、正規の美術教育を受けていない人の絵を指すことが多い)ということを知りました。

障がいのある人たちのアート、「アールブリュット」は、もしかしたら、学校での美術教育を受けることの弊害、どういう風に描けば、「上手な絵」なのかどうかを考えてしまって、自分の内側にあるものを純粋に表現したいという衝動や欲求があることを、あらためて思い出させてくれる力があると思います。

そして、私は、RAYの絵を小さいときから見ていて、RAYの絵が発するあふれるエネルギーに生きる力や元気をもらってきたんだなとあらためて感じました。親バカで失礼しました!

ごりら2014(中2のころ、図鑑を見て、カレンダーの裏に、ゴリラの絵を沢山色や形を少しずつ変えて描いた)

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