RAYと大学生との対話(前編)

先日、RAYは國學院大学人間開発学部の柴田先生の研究室を訪れました。

そこで、柴田先生のゼミ生の大学生と対話をすることになりました。

RAYは柴田先生に指筆談通訳をして頂きました😀

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柴田先生)

突然のことでごめんなさい。

ゼミ生に対してお話してもらって良いですか?

 

【僕の絵について】

RAY)

大丈夫です。僕は先生とは長い付き合いなので、色々なことが面白く展開するので楽しみにしています。僕は僕の絵のことを説明したくなったので、説明させて下さい。

 

僕の絵が、とてもユニークだと言われるのは、複雑な気持ちで見ているところがあって、今、先生がいったみたいに、僕の心の世界が、不思議な世界だと思われることがあるけど、それほど不思議な世界ではなくて、僕の絵がユニークなだけであって、僕の心はみんなの心とそんなに変わらない。絵を通して、心まで違うと思われるのは複雑な気持ちがするけど、先生も自分もそう思っていたけど、実際に話を聞いてみると、僕らと同じだねと、言ってくれるのがとても嬉しいです。

 

そういう誤解や、わかってもらえない部分も、こうやって絵を通して話ができることが嬉しくてしょうがないです。僕にとっては、絵を通して色々な人に出会えるのが楽しくって、特に、絵ならばみんなよく見てくれるので、僕は自分があまり見られるのが好きじゃないし、僕を見てといって、僕のことをわかってくれる人は誰もいないけど、絵を見てくれるとわかってくれるので、嬉しいです。最近は母が頑張ってくれているので、いろんな人と絵を通して出会えるようになって、とても広がりを感じているところです。

 

(あらかじめRAYのミニ画集や動画をゼミ生に見せて)

今日も、先生が先に絵をゼミ生に見せてくれたということで、ほっとしています。僕は何もしていないと、重度の知的障がい者に見えるので、この人何ができるのだろうというところから始まるのですが、なんといっても絵を先に見てもらうと、一応絵を描く人というふうに見てもらえるので色々説明がいらなくなるので説明が楽になります。

 

ところで、先生が嬉しそうに語ってくれているので、僕の絵が不思議な部分を持っていて、それを解明することが自閉症の人たちの心を理解することの糸口になっていると思っています。絵について、まだ僕が先生に言っていなかったなと思うことがあるのでそれを言いたいのです。

 

それはだんだん絵の技術が増してきた時に、やっとこれで僕は絵が描けると思ったのではなく、その中で不思議な絵の世界が広がり始めたことです。

 

小さい頃の絵の世界は、特別の絵が浮かんでいたわけではなくて、あの絵のような世界を普通の子供と同じように多分見ていたのではないかと思うのですが、だんだん技術が伴ってくると、そこに不思議な完成図が見えるようになりました。

 

だんだん自分の絵が絵らしくなってきたころ、こんな絵が描けたらいいのにというわけではなくて、こんな絵にならないかなと心の中に浮かぶようになって、それを僕は写しとるようにだんだんやればやるほど、みんなが良い絵ねと言ってくれるようになったので、少しずつ絵が上手になっていったような感じです。

 

なかなか言葉は自由自在にというわけにはいかないで、僕はとても困っているのですが、絵を描く時に一番大事にしているのは、自分の心の中に浮かぶものを忠実に写しとるということをやっているのです。そのくらい、実は、絵が、心の中に浮かんで、本当に、その絵に近づけるように出来るかどうかで僕の絵は決まるということです。

 

きんこんの会の絵のときも、鐘の絵は完全に決まっていたのですが、周りの花をどう描くかは決まっていなかったので、2個絵を描いたのですが、そのうちの1つを先生も選んでくれたし、僕もそっちの方が良いなと思っていたのを選んでくれたので、思い通りの絵が描けたことになりました。

 

いろんな絵が浮かんできて僕の中は絵でいっぱいなのですが、その中でやはり自分がこの絵が良いというのが決まって、それを写しとるとみんなが良い絵だと言ってくれる感じになります。そのへんが、なかなか説明が難しいのですが、僕の中でだんだん育っていったのを、いつかもう少し話せたら良いなと思っています。僕が言いたいのは大体そういうところです。(つづく)

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