小林浩太朗君の展覧会の感想(RAY筆談)
昨日のぶろぐで、RAYが國學院大学柴田先生にお会いしたことを書きました。
きんこんの会のお仲間の小林浩太朗君の展覧会に行った時の感想についても、柴田先生の筆談で話してくれました。
今年の夏は浩太朗くんの一周忌にあたります。先月、浩太朗君の絵に会いに、山梨の南アルプス市立美術館に行ってきました。
以下、RAYの言葉です。
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ぼくは、浩太朗君の絵は、ぼくと違って、100%情熱の塊だな感じました。
ほとばしる情熱を先生が受け止めて、絵としてまとめていくというと誤解を受けるかもしれないけど、浩太朗君は、100%自分で筆を動かせないかわりに、情熱で先生の手を動かして、絵にしていくのがよくわかって、そこがとても感動しました。
いろんな表現の仕方があるのでしょうが、あの絵の中には、浩太朗さんの情熱があふれているという感じだったので、その情熱を先生が受け止めて完全な絵にしていくんだと思いました。
これは誤解されるから、言い方を変えますね。
浩太朗君は、よくこの絵は、共同作業と言っていたけれど、たしかに共同作業の部分もあるかもしれないけれど、ぼくには、情熱の部分は100%浩太朗君のものだと思いました。
その情熱が本当に吹き出したような絵が、次から次に現れてぼくはとても感動しました。
だから、富士山も見ている以上に、ぼくは、浩太朗君の富士山を見ている気がしています。
現実の富士山を見ているのとは、これは違うんだと思いました。
現実の富士山は現実の富士山で、景色として美しいけれど、現実の富士山を見ている以上に、浩太朗君という人間を富士山に見ているような気がして、その感動はやっぱり深いものがありました。
しかも富士山以外の他のものにも、浩太朗君の情熱が感じられて、まるでそこに浩太朗君が生きているかのような思いがしました。
ぼくは、「命の絵」という言葉をぼくは思いついたから、「命の絵」の浩太朗さんという風にぼくは考えています。
以上です